
幸せな離婚
本当に色々なことがあるものです。
自分が離婚することになろうとは・・・・・・
仕事も軌道にのってきたある時、5年間の結婚生活にピリオドをうつことになりました。
最終的に、お互いを尊重し激励しあう「幸せな離婚」であったと思います。
お互いの人生の発展の為、最良の道でした。
とはいうものの、ますますこの仕事で食べていかなくては!という現実が目の前に現れたのです。
泣いているヒマはありません。
とにかく前進あるのみ!
ここまで前向きになるまでに大切な友人達に本当に力になってもらいました。
どんな時でも話を聞いてくれる友人の存在は、一人で仕事をする人間にとっては必要不可欠です。
★藤崎的教訓★
このコトに関しては教訓が多すぎてかけません。
表参道まで聞きにいらしてください。
★偉人の言葉★
「積極的成功者は、マイナス要素や失敗でさえ より大きな成功への武器と考える」
世界有数の化学会社ダウケミカル社の社長C.Bブランチ
星に願いを
私もこのときばかりは頼ってしまいました。
「星占い」に。
カウンセラー的な占星術の先生が、創造的な仕事、自分のアイデアを活かせる仕事に従事することをすすめてくださいました。そして、これから大きく発展する兆しについて伺い、すっかり気持ちを強くしました。
経営者の方は占いや易に頼る方が多いようですね。
全てを自分の判断に委ねられるのはフリーランスも同じこと。
右へ進むのも左へ進むのも自由なのです。
でも、進んだ先に何があっても責任をとるのも自分です。
コワイですネ。
★偉人の言葉★
「絶望は、死に至らしめる毒薬となり、
希望は、どんな困難をも解決させる特効薬です。奇跡は、現実に起こることです。」
6世紀の偉大な医師であり、
錬金術師でもあったパラケルサル
第2の転機がやってきた
離婚というあまりおめでたくない事をきっかけに、第2の転機がやってきました。
屋号の変更、事務所の移転、サービスメニューの整備。
なんというか、目の前がすっきりと開けて、自分が今実行しなければならない事が明確になってきたのです。
その結果、個人のお客様のご予約は飛躍的に伸び、又、新しいお仕事の依頼もいただけるようになりました。カラーリストだけでなく、その人のトータルイメージをプロデュースするイメージプランナーとして学生から経営者の方までご一緒できるようになったのです。
転んでもただでは起きない。そんな根性を自分が持っているとは思えません。
もっと自然に、それこそ星の導きに従った結果という感じがしています。
恵まれた仕事環境。
仕事の夢を語り合える仲間。
溢れてくる様々なアイデアと、それを実現する自分への期待。
フリーランスとして本当に楽しい日々を送っています。
被災して全てを失ったとき。
会社がなくなったとき。
家庭生活が破綻したとき。
どんな時も夢と笑顔を捨てず歩いてきたから、今のHAPPYな生活があるのだと思います。
このコラムの最後にお伝えしたいのは、「笑顔」。
常に・・・一人でいるときも・・・電車に乗っているときも・・・誰といるときも・・・もちろん仕事をしているときも・・・
笑顔を絶やさずにいてほしいのです。
そして、人、もの、仕事、景色・・・目の前のものを愛しんで、この瞬間を大切にすること。
何より自分を大切にし、期待すること。
そこから開けてくることがなんと多いことか!
だまされたと思って今日から試してほしいのです。
自分を、そして自分を取り巻く全てを愛しむことを。
★藤崎的教訓★
チャンスは全て人が連れてきます。
いつも、口角を上げて人が話しかけやすい温和な笑顔を心がけて!
そしてチャンスは慎重に素早くつかむことです。
★偉人の言葉★
「イメージングすることにより、
あなたの人生が、劇的に変化する」 ヘンリーフォード
その後のフジサキ
夢にように楽しいフリーランス生活。
仕事中心だった毎日にまたまた変化が訪れました。
2005年6月。新たなパートナーと入籍。
8月には、セブンシーズンの法人化。スクール生と共に法人化パーティを楽しみ、生徒さんが用意してくれたサプライズウエディングケーキに涙しました。
翌月9月。
39歳にして妊娠。
2006年5月、40歳で長女を出産しました。
新たな命の誕生は、仕事をダイナミックに変えていきます。
出産とほぼ時を同じくして住居を湘南の山奥に移し、仕事の拠点も青山から、横浜、湘南へ。
仕事は、一人で駆け回っていたスタイルから、頼もしいスタッフと共に歩むスタイルへ。
仕事の幅ができ、クオリティは上がりました。
ただ、出産後は、一人のときのように動けない、そのジレンマにも悩みました。
月に10万以上のベビーシッター代を払いながら無理に仕事をしてみたり・・・
結局、体調を崩し、講師たちとの旅行では、温泉の岩場で意識を失い倒れてしまいます。
すっかりバランスを崩した時期でした。
そのような時も心の支えになってくれたのは色でした。
開発していたカラーセラピーの色たちが心を癒してくれたのです。
毎日ガラスのオブジェと、自分の心と向き合いました。
そして、色の恵を再び享受し、その力をセブンカラーセラピーのメッソドにおとしこみました。
またひとつ色の世界が広がりました。
セブンカラーセラピーを通じて、色と心を追求していくことがライフワークのひとつになったのです。
3月11日から考える
2011年3月11日から 〜新たなスタートライン〜
2011年3月11日。
東北地方太平洋沖地震。
この経験が、また考え方をダイナミックに変えていきました。
阪神淡路大震災のフラッシュバックや、同時におこった様々な困難に対応しながら、自分を深くみつめ、存在価値を問い直し・・・
色ができること。
自分ができること。
今すべきこと。
様々に思いをめぐらせました。
神戸で被災後、色に助けられ、人生の明るい扉を開けることのできた私が今できることは何か。
東北の被災地にも足を運び、ボランティアをおこないました。
そして、考えたこと。
色の効果をもっと多くの方に知っていただき、使っていただき、また、色や波動を「感じる」ことからはじめるコミュニケーションの大切さ、楽しさを伝えたい。
その思いから「日本カラーコミュニケーション協会」をたちあげました。
色とコミュニケーション。
この何のつながりもないような2つの言葉が、実はとても奥深くつながっていることを伝えなければ。
そして、一緒に伝えてくれる方を育てなければ。。。
また、自己実現と社会貢献を仕事を通じておこなう女性のためのハートキャリアの会もスタート。
そして、おこしくださる方の利便性を考え、恵比寿サロン(東京校)をオープン。
魅力的な方々とともに、切磋琢磨しながら、自分にできることを毎日積み重ねる。
その先に、次の扉が見えると信じています。
起業から10年。
今、新たなスタートラインにたっています。
協会員や、受講生、サポートしてくださる方々とともに、多くの方がももっともっと「自分らしく」「笑顔で」すごせるように、<色>と<コミュニケーション>の視点から貢献してまいりたいと思います。
明日の自分に期待する!
ワクワクする毎日を、多くの方とご一緒できると嬉しいです。
